「ネガのスペースを見る」

野瀬純郎

 絵を描くためのトレーニングのひとつに『ネガのスペースを描く』という方法があります。ネガとは描く対象となるモチーフの形(ポジ)ではなく、その周囲の何もない空間のことです。ここに普通の椅子が一脚あります。この椅子をモチーフとして描いてみてくださいといわれると、誰もが無意識のうちに「椅子とは座るための家具で、座面の下に脚があり、うしろには背もたれがあり・・・」というようなイメージや知識をもとに、それぞれの部分の輪郭や接続具合を描いていくでしょう。これに対して、ネガのスペースを描くというのは、椅子の形や機能はまったく意識しないで、外側の空間のみに注目してその形を描くのです。
 よく知られているように、脳は左右に分かれていて、それぞれ機能を分担しています。左脳は言語脳、論じる脳ともいわれ、論理的、分析的、抽象的な働きを受け持ちます。一方右脳は音楽脳、感じる脳ともいわれ、直感的、総合的、具体的な働きを受け持ちます。楽器を演奏したり絵を描くなど芸術活動をするときは、主に右脳が活性化されているそうです。
 そこで先ほどの話に戻りますと、椅子の脚と脚の間とか背もたれの後ろの空間を何と呼ぶのでしょうか。そのようなものに名称はありませんし、それについての認識も特に分類・整理されているわけではありません。そうなると言語的、分析的に視覚情報を処理する左脳はお手上げになり、そんなものは描けない、勝手にしてくれと仕事を右脳に投げ出します。柔軟性のある右脳は空間的、包括的に視覚情報を受け取るので、平気で名もない空間も描けるのです。このように左脳が支配的に働くモードから、右脳が活発に働くモードに切り替えるのが、ネガのスペースを描くというトレーニングの狙いなのです。ネガとポジは境界で接していますので、どちらを見て描いても輪郭の結果は同じになるはずですが、“こう見えるはずだ”という知識と実際に網膜に映った形は異なる(例えば奥の脚は手前の脚より短く見える)ため、脳の中で葛藤が生じ、複雑な形を前にすると左脳モードでは大いに苦労するのです。
 さて、このネガのスペースを描くという『ものの見方』を、普段の実生活に当てはめてみると、何が見えてくるか、これが本稿の問題提起です。軽々に論じることはできませんが、いますぐ私に思い浮かぶふたつの話をヒントとして紹介します。
 ひとつ目は、2007年に米国スミソニアン/クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館において開催された『残りの90%のためのデザイン』展です。「世界の全人口65億人のうち、90%にあたる58億人は、私たちの多くにとって当たり前の製品やサービスに、まったくといっていいほど縁がない。さらにその約半分は、食糧や、きれいな水、雨風をしのぐ場所さえ得られない。この残りの90%の人々の生活を良くするには、何が必要なのだろうか。“思い”だけでは、何も変わらない。お金の援助も、それだけでは不十分。実際に人々のライフスタイルを改善する、具体的な“もの”が必要なのだ。」このようなメッセージを伝えています。このデザイン展の報告書で紹介されたイノベーション実例のなかで、強く印象に残った“もの”のひとつが「Qドラム」と名付けられた水を運ぶ容器です。ポリエチレン製の筒をドーナツ形にまるめ、その穴にロープを通して引っ張ります。子どもでも簡単に転がすことができて、75リットルのきれいな水を遠くまで楽に運べるようにデザインされています。Qドラムは、何世紀も続いてきた水汲みという重労働を、楽しみに近いものに変えているのです。
 ふたつ目は、ご存知の方も多いと思いますが『ロハス』(Lifestyles Of Health And Sustainability)、すなわち健康と環境の持続性に配慮した生活様式のことです。健康と環境をビジネスに結び付けようということで、1998年に米国で生まれたマーケティング用語ですが、最近日本ではかなり安易に使われて、少々抵抗感もあります。《自然にやさしく》なんて、まるで人間さまが自由に自然をコントロールするのだといわんばかりの傲慢さには、呆れてしまいます。それはさておいて、ロハスの考え方の基本は、私たちが当たり前のこととして受け入れてきた、常に右肩上がりの効率を追求する世界とは違った、新しいパラダイムを創造しようということだと理解しています。Lifestyles と複数で表現されているように、それぞれの人が健康や地球環境のことを自分で考え、行動することが、パラダイムシフトをもたらすでしょう。
 『残りの90%のためのデザイン』や『ロハス』のような『ネガのスペースを見る目』を通して、今まで見えなかったもの、見過ごしてきたもの、あるいは見えていたのに無視してきたものを、しっかり見ていきたいと念じています。